南渕時高/南淵時高 

「ショートというポジション」と「10年目の決算報告(2)」では「南渕」、「コンバートの不可逆性」のページでは「南淵」になっていました。これに気づいたのは、3月に頂戴したメールがきっかけですが、3月19日付のメールで「もう少し調べたうえで対応します」と書いてから、もう3カ月以上過ぎています。

とりあえずGoogleでフレーズ検索してみました(07/07/05現在)。

"南渕時高" の検索結果 約 1,730 件
"南淵時高" の検索結果 約 481 件

このように、Web上では「渕」優勢ですが、『ベースボール・レコード・ブック』1990年版の734ページ(ドラフト指名選手のページ)では「南淵」でした。91年版も「南淵」ですが、92年版以降は「南渕」になっています。選手名鑑ではブレもありますが、選手晩年(00年で引退)は一貫して「渕」です。

後日、アマチュア時代(天理高→青山学院大→東芝)の新聞記事を調べてみますが、01年12月に出版された本の著者名が「渕」表記であることから、「セットポジション」における表記は「南渕」で統一します。ちなみに、IMEもATOKも「南渕」には一発変換されません。単語登録するしかないようです。

【07/07/10追記】
83年夏の岐阜第一戦(初戦敗退)、87年秋の東都大学リーグ(ベストナイン)、88年都市対抗(優勝)のときの朝日新聞におけるボックススコア等は「南淵」でした。
2007/07/06(金)| 固有名詞 | コメント(0)

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